2011/12/23

金澤「冬の廻り舞台」 中の橋から

何度も書いているけど、金澤の冬の空は決して「暗く重たい」だけじゃない。
天気予報では「一日雨」の予報でも、実際はクルクルと廻り舞台が回るように・・・何度も何度も細かく晴れ間が訪れる日がかなりある。

「関東は晴ればかり、北陸は一年中雨ばかり」は冬の対称的な気候によって広まっている概念だけど、日照時間は東京のほぼ9割
気象庁発表の「1981~2010年平均日照時間」では東京1881時間に対して石川1680時間
さらに「こういう日照にはカウントされない晴れ間」(モノの影がハッキリ見える位じゃないと日照とはカウントされないらしい)を加えると「青空出現率」はもっと近いだろう。
金澤は雨も多いけど、晴れ間も頻繁に訪れる「遥かな雨上がりの空が多く出現する街」
雨に洗われ透き通った大気に拡散する青色、細かく豊かなグラデーションを見せる雲が織り成す束の間の青空は、濡れて鈍い光を放ちながら沈む街並みと相まって最も金澤の冬らしい、美しい光景。
この写真を撮っている時も雨は降っていてまた五分後には一面雲に覆われて、でもまた何度も陽が射してきて・・・冬の金澤はまるで「廻り舞台」に乗っているかの様。
2011年11月25日15時01分撮影

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2011/11/27

大拙寺(鈴木大拙館)四

開館時間は午後5時まで。春から夏は「まだまだ明るい時間」に閉館してしまうけど、晩秋から冬の終わりごろまではライトアップされた館に浸るコトが出来る。

これは館の北側から。画面下手前には「水鏡の庭」にほんの少しせり出している、小さいスペース(丁度一人が立てる。写真でも微かに見える)があって湖面に立った様に辺りを眺められる。
正面に見えるのは設計にあたっても重要なポイントになった樹齢100年を超える楠。
晩秋の雲が見せる淡く豊かな濃淡を背景に、暗くなるまで眺めていたい風景。

この場所は館の外なので(中村記念美術館へ続くアプローチの途中)「無料」で開放されている場である点も金澤らしい。毎日の散策途中に眺めてもいいだろう。
近所の21世紀美術館の無料ゾーン(ジェームズ・タレルの作品空間に無料で浸れる施設はかなり珍しいと思う。それも街の真ん中で)や兼六園の早朝無料&年に何回も実施するライトアップ夜間無料開園など、金澤は「市民に観賞して貰いたい文化的要素」を当たり前の様に極力負担なく見せようとする街。
とかく「前田家が百万石の豊かな財を以って花開いた文化がいまに残る・・・」と紹介されがちだけど
実はこういうトコロに金澤独自の文化が存続&発展し続けている理由の一つがある。
2011年11月25日 16時58分撮影

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2011/11/26

大拙寺(鈴木大拙館)三

開館した10月の時点でも既に素晴らしかったけど「この木々が紅葉したらどんなに綺麗だろう・・・」
と期待していたその光景を遥かに超えた風景がさりげなく展開してる11月の終わり。
以前「なんらかの前景に嵌めこまれた月を観る」のが金澤のお月見の醍醐味・・と書いた様に
風景を切り取って観せて・・見事に昇華させるのは金澤の得意技だとは思っていたけど、
この紅葉の風景はちょっと「そういう技」の次元を超えている様。
常緑樹と混じって立つ十本程(多くても十数本くらい?)の紅葉している樹が館と一体となって出現させる光景には
「紅葉が魅せる美のエッセンスがここに凝縮されている」と思える位、心を動かされる。
この館のアチラコチラに登場するモチーフ、
三角(カタチが出来る最小単位)→四角(二つ合わさって)→◯(さらに集まって無限)にも通じている様にも思う。

紅葉シーズンといえば人々が殺到する様な「辺り一面の紅葉」を思い浮かべるけど・・・
本当は僅かな本数が紅葉していく様(ズレから生じる無限のハーモニーを観賞するコト)
の中にこそ無限の味わいがあるコトを目の当たりに示してくれている光景。
そんなコトは全部置いておいても・・・単純に美しい日々刻々変わりゆく光景。
2011年11月27日15時19分撮影

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2011/11/24

大拙寺(鈴木大拙館)二

「水鏡の庭」を満たす水を波立たせる装置が作動して波紋が起き始めたトコロ。(真ん中に微かに波が見える)
波紋は水深14センチの池の隅々まで伝わり跳ね返り、複雑に微かに水面を動かし続ける。
この奥には前田家筆頭本多家のお庭だった松風閣庭園が広がる。※禄高五万石(家老としては日本一の禄高)この周辺約10万坪!が本多家の広大な敷地だった。
館の設計にあたって、巧みに藩政期のモチーフも取り入れている様。
もう一方の壁が城の石垣をイメージしているとすれば、こちらはなまこ塀なのかもしれない。
極めてシンプルな白く低いラインと木々が構成するミニマルかつ無限の光景。
ちなみに池の底の目地のように見えるライン、実は隙間で水がここから湧き出るように循環している(底板の下にもう一層、水の層がある)
画面の中央、水面と白壁の間には溝があって「サーッ」と音を立てながら横一線に水が溢れ落ちている。
ふと目を凝らすとあちこちの隙間の上、水面が湧き水の様に微かに盛り上がっていたり、落水音が作る音場が意外と意識の下に降りてきたり・・・
「感じとる」ための仕掛けは細部にまで抜かりなく行き渡っている。
2011年11月10日 16時29分撮影

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2011/11/21

大拙寺(鈴木大拙館)一

禅の思想を、その執筆活動(英文で書かれた23冊を含め約100冊の著作がある他、英文仏教雑誌も創刊、現代も発刊され続けている)や国内外での幅広い講義活動(晩年にあたる80歳〜89歳!まではアメリカに在住。多くの大学で講演した他、欧米各国の大学でも講義を行なっている)を通して広く世界に紹介した鈴木大拙、彼の思想を「自由に」感じてもらうコトを目的として2011年の10月、生誕の地である本多町に「鈴木大拙館」が開館した。
※例えば展示してある書籍、手紙などにはこれといったキャプションは無く「そのモノと直に対面出来る様」に配慮がなされている。
(解説リーフレットも勿論用意されている)

これは「水鏡の庭」に浮かぶ様に佇む「思索空間」
禅寺の方丈(僧侶の住居)をイメージして設計されたシンプルかつ濃密なスペース。
畳張りのベンチに座って(あるいは座禅を組んで)水面を眺めているだけでも心に何かしらの作用がある様な・・・「既成概念に囚われずに自由に大拙を感じ取ってもらいたい」そういう館の狙い通りの見事な空間。
賛助会員になれば(年間二千円)いつでも無料で堪能するコトが出来る。
(※特典として招待券6枚、会員限定イベント、会報の送付なども。他には市の16もの文化施設の共通年間パスを購入する方法もある。こちらも二千円)
毎日夕暮れにやってきてしばらく佇む・・なんて使い方もとっても贅沢だろうな。
また一つ金澤に素晴らしい「場」が誕生した。
 2011年10月22日 14時26分撮影

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2011/11/17

旧市街ダイレクト・ゲート(ふらっとバス材木ルート)

旧市街を四つのルートで循環するふらっとバスは狭い路地まで入り込みユルユル、ユルユルとほんのちょっぴり走っては停って(バス停間隔は200メートルが目安)地面に近い低い床(床高28センチ)と旧市街のあちらこちらを地続きにする。
数年前から国産の汎用性ある車種に世代交代しつつあり「居間の広い窓から流れる街並みを眺めている様な感覚」はちょっと減ったけど(初代はオーストリアの車体メーカー製のとても開放的なコミュニティバスだったんだけど、故障も多く維持費がかさんだ結果廃止方向に)それでもドアが開く度「その場と地続きになるカンジ」は依然健在。
これは材木ルート(藩政期にその名が付いた材木町を通る)の武蔵ヶ辻バス停。
開け放たれたスライドドアの正面に浮かび上がるのは、近江町の顔として長年親しまれ、もうじき築80年になる建物の入り口。(実は近江町再開発にあたって曳家工事で20メートル移動している)

敷き詰められた御影石が雨で磨かれ舞台の様に、スポットに光るお店のメニューが指揮者を待つ譜面台の様にも見えて・・・「おや?ココは一体?何処かのステージに繋がってしまったのか?」なんて空想を束の間楽しんだ。

雨は街中に釉薬をかけて、夜は細部を曖昧にして・・・
現実と夢幻の間の美しい光景を旧市街のアチラコチラに出現させる。

2011年10月14日 17時29分撮影

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2011/10/17

赤母衣騎馬像月暈光輪図

尾山神社は、その他に類を見ない神門(建立された当時は相当な物議を醸したらしい)に注目が集まりがちだけど、右手奥に豊かに密かに広がる神苑(庭園)を始めとして、趣深い空間が意外と広々と展開している。(モチロン拝殿、本殿は言うまでもなく。また前田家から寄進された貴重な能面を多く所蔵しているコトでも有名)
秋には珍しいたっぷりと湿気を含んだ大気に満たされたこの夜は、高く昇った十六夜の月に大きくクッキリした傘がかかって、まるで懐かしい絵本の挿絵の様。金木犀の香り濃く漂う、優しく幻想的なお月見日和になった。

見上げる前田利家公の赤母衣騎馬像の背景に大きく浮かぶ光の輪はちょっと後光ぽくもあり
利家公が掲げる槍(「槍の又左」という異名をもって怖れられる槍の名手だった)の穂先が十字架の様にも見え・・・時代とジャンルを超えて「宗教的」なムードさえ漂う。傾奇者として有名な信長の親衛隊、赤母衣衆筆頭として大いに武功をあげた利家公にも、おそらく・・・「ニヤリ」として頂けそうな月の光景、騎馬像光輪図。
 2011年10月12日23時49分撮影

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2011/10/02

曲弦トラス単鋼橋 犀川大橋

犀川大橋は、細部にも独特の「美」が漂っていると思う。
大正時代としては先端を行く(日本橋梁技術の先駆者、関場茂樹氏による設計)モダンな橋だったに違いなく、繁華街に直結した場所に架かる橋を多くの人が「こんなふう」に見上げ「ちょっぴり誇らしげ」に感じながら通ったんじゃないかな。
鉄骨の入り方、リベットの盛り上がりなどに単なる機能を超えた時代の香りを感じてしまう・・のもあながち間違っていない想像だろう。
見事に馴染んでいるこの照明は近年になって、両岸にある「犀星の道」をイメージして新たに取り付けられたモノ。円柱状にちょっぴり盛り上がった台座、装飾が施されたステーなど「まるで当初からあった」かの様。ココらへんの塩梅も見事。
この橋を歩いて渡る時にはついつい上流、遥か医王山を望む景色に目が行きがちだけど、頭上に展開している構造美もぜひ感じてもらいたい。
有形文化財としての登録形式は「曲弦トラス単鋼橋」というのだそう。
なんだか・・・その語感にもしっくりくる眺めだと思いませんか。
 2011年09月23日 17時46分撮影

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2011/09/30

夢幻街灯


常々金澤には「あまりにも日常に溶け込んでしまっていて、空気の様に当たり前になってしまっていて」
気が付かない(でも多分記憶には刻まれている)細部の美、一瞬の美景が沢山あると思っている。
毎日の夕暮れにこの街灯が作る風景もその一つ。
※例えば、犀川大橋の袂のあちこちにこんな綺麗な街灯があるコトを意識している人は・・・
意外と多くはないハズ毎日何万人もの人が利用する橋なんだけど。

大正時代に竣工したこの橋のイメージに合わせて「ガス燈」をイメージした灯りが点灯して間もない頃の、
濃いオレンジ色の弱い光と、淡いピンクと水色に染まる雲の背景。
夕方になると「突如出現」したかの様な印象さえある、急に存在感を発揮するこの街灯は、
こんな風に金澤の美しい空を背景に多彩な光景を見せてきた。
「冬の金澤画廊」でもご紹介したけれど・・今回はその秋編。
灯りはじめた街灯が自らの存在を主張しつつ、
周りを一気に幻想的なムードへ誘っている・・・そんなふう。夢幻街灯。
 2011年09月23日 17時41分撮影

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2011/09/28

犀川五層大橋 

淡い色の雲が浮かぶ透き通った空と犀川大橋が見事な調和を見せている秋の夕方。
現在の橋が架けられたのは1924年だから90年近く(前田利家がこの場所に橋を架けてからは400年以上が経つ)
街の歴史を見守ってきた金澤のシンボル的な存在でもある。(この構造の道路橋としては日本最古、とのコト)
意外と気付いていない人も多いと思うけど綺麗な五層のグラデーション(加賀友禅のぼかし配色法を用いている)に塗り分けられている。
そうなったのは1993年の塗り替えの時からで(2008年に再塗装)数年に渡って多くの有識者の慎重な検討が重ねられたコトが功を奏し、
ホント自然に周囲に溶け込んで様々な美景を出現させている。(2000年には国の登録有形文化財に指定された)
今日は空と絶妙なバランスを見せているけど、曇天下の水の色にも近く、そんな日はまるで川面が反映して橋に染みこんでいる様にも見える。
それにしても見事な配色。
古いものの良さを残しつつ新しい何かを加えていく「金澤人の気質」がここにもしっかり発揮されている。
2011年09月23日17時38分撮影

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2011/09/26

逢魔時情景2 21世紀美術館


艶やかな夕暮れのショーも終わりに近づく頃。
スクリーンに浮かぶ、薄暮に沈みゆく街並みが途切れた隣にロッカーにしゃがむ女の子、これもまたほんのり幻想的で優しい夕暮れの風景。
先程から10分ちょっと過ぎた頃、建物を反時計に四分の一周した辺り。
この場所からは「同じ方面の空を映す」ガラス壁面と実際の空の途切れない調和が美しい。
まぁるい建物の外周に沿って歩きながら眺める多彩な光景は、時々現実から少しだけ離れた不思議な世界。
つくづく素晴らしい美術館、そこに反映する金澤の空の多彩な変化の素晴らしさ。
幸せなコラボレーションが年中無休で展開中。
 2010年10月16日 17時45分撮影

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逢魔時情景 21世紀美術館

秋も中頃の「かなり透明度の上がった」見事な夕暮れを大きな大きなスクリーンに映しだすお馴染み21世紀‘現在’美術館。
こういう時はいつもそうだけど「急に幕が上がったように燃え上がる美しい夕焼け」に思わず足を止めケータイで撮影する人もチラホラ。
直接眺めるのもいいけれど、こうやって東の淡い青空をバックに、ガラスに映り込む夕焼けを「それを眺めている人達、美術館の内部空間」と一緒に眺めるのがこの美術館らしい夕暮れ観賞。

表面に浮かぶ街のシルエットが内部空間の奥行きとも曖昧に一体化して・・・架空の街が蜃気楼の如く現れた様にも見える。

黄昏時、逢魔が時は「何やら妖怪、幽霊など怪しいものに出会いそうな時間」だけど
金澤では「何やら不思議な空間、次元と出会いそうな時間」でもある。
昼と夜の境目には 「現在と夢幻が入り交じる」この街らしい魅力的な異空間がしばしば出現する。
2010年10月16日 17時33分撮影

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2011/09/09

名月 雲の大海原 浅野川大橋 


四季折々時々刻々・・・浅野川大橋からの眺めは多彩な変化を見せる。
卯辰山の稜線から顔を出した月がちょっとだけ高度を増して雲の大海原に浮かんでいる秋の夜。
ライトアップに浮かぶ艶っぽい浅野川に加えてこんな日は、大きく広がった夜空も鑑賞対象。
黒い森を挟んで・・・淡く広がる銀色の空と川面の金色の配色が美しい。

金澤では東側に山々が連なっていて「太陽が地平線(低いところ)から昇ってくる」のを眺めるコトは出来ない。
(海にゆっくり沈んでいく太陽や月はあちらこちらから眺められる)
兼六園では昔から早朝に「日の出を見る」人達の集まりがあったけど、
実際は「日の出のしばらく後に、卯辰山方面の稜線から顔を出す瞬間を眺める」いわゆる
「夜明けのショー」が半ば終わった空に昇る太陽を眺めるコトには・・・なってしまう。
だけど太陽より遥かに弱い光の月なら、空の色までは変化を及ぼさないので「稜線から昇ってくる瞬間」も「月の出」として充分に堪能出来る。
そして一旦空に浮かんでしまった後は・・・様々な風景に嵌めこまれて多彩な美しい「月景色」が出現する。
2010年9月23日午後6時53分撮影

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2011/09/07

月見大路 ひがし茶屋街二番丁 秋


ひがし茶屋街はほぼ東西を向いているので、通りのほぼ真正面に昇りかけの「月の画」を眺めるコトが出来る。
お月見に際してなんと見事な舞台&鑑賞装置だろう。
この日兼六園では中秋の名月鑑賞夜間無料開園を実施しており、多くの来園者で賑わっている頃。
ライトアップされた華やかな雰囲気の中でのお月見もいいけど
こうやって茶屋街のスパっと開けた東の空に浮かぶ月を眺めるのもまた格別。
(実際、この夜は「何処で月を眺めようか・・ここもあそこも捨て難い」とあちらこちらを歩きまわった)
昼間は観光客でやたら賑わうひがし茶屋街も、夜は歩く人もあまり多くはなく
(タクシーを連ねて馴染みの茶屋へ・・の様な方が多い)ちょっとモッタイナイ気もするけど
「月が浮かぶだけで」とてつもなく美しい光景が出現する・・のはとても金澤らしい。
ひがし茶屋街はこのメインの二番丁の左右にある茶屋街特有の細い二本の通りで構成されている。
(特に一番丁は細く、そして横に枝分かれてしていて初めての人にはちょとした迷路かもしれない)
普通に考えれば「大路」では全然ないけど「茶屋街」で考えれば充分にその資格のある大通り。
特にこんな月が正面に浮かんでいる夜は「月見大路」とでも名付けたくなる風格。
それにしても見事な月。
2010年9月23日午後7時38分撮影

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2011/09/05

名月 主計町 秋


三つある金澤の茶屋街の一つ、ここ主計町は「眼の前に浅野川が流れている」というとても魅力的なロケーション。
しっとりとしたお店でゆっくり食事が出来ても・・・その後玄関を出ると間もなくゴチャゴチャした現実に引き戻される、
他の都市ではありがちな興冷めなコトがここにはない。
そしてこんな風に「出た途端、予想もしなかった素敵な光景に迎えられる」コトもある。
(この日は時間がまだ早いので、この月をしばし眺めて一献・・というトコロか)
夕方までパラついた雨も上がり、透き通った秋の空に浮かぶ白い雲から明るく大きな月が出たり入ったり。
虫たちの声、秋の深まりと共に香りを増してくる金木犀、穏やかな川の音。
たとえ月が浮かんでいなくても・・・微かに聴こえる柔らかい川音をBGMに茶屋街で過ごしお店を出て・・・
季節季節の、その日その日の、さらに時間の経過で変わる大気の香り
(お店にいる間に変わるコトもある)に包まれながら川沿いを歩きそれぞれの家路へ・・・
金澤ではお店に出掛ける時から帰るまでが連続した味わいのある体験となって記憶に残る。
趣きある景色も空気の香りもその日の食体験の大切な一部分。
2010年9月23日午後6時56分

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2011/09/02

浅野‘湖畔’夕景 秋のはじめ 浅野川


浅野川大橋下流の水面はその二本下流、小橋の可動堰の塩梅でしばしば湖の様になる。
普通「湖面」と「堰から流れ落ちる水音」はそうは遠くないと思うけど、ここでは見渡す限り鏡の様な水面が展開する
(実際小橋は川が折れ曲がった先にあるので全く見えない)。
薄紫色の空と雲の姿をはっきり映して束の間の素敵な夕景。
この橋からの眺めは通勤通学で通る多くの人、そして観光客にもお馴染みで(二つの茶屋街の間にある橋でもある)
この日も思わず足を止めて見入っている人、撮影している人がチラホラ。
その中に地元の高校生が数人混じって・・・
目の前の光景の良さをシンプル(見慣れた風景が今日はちょっとだけ綺麗、というふう)に口にしながら携帯で撮影していたりするのも金澤らしい。
2009年9月19日午後6時17分撮影

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2011/08/30

単弦ローゼ橋 秋の夕暮れ 御影大橋 犀川


旧市街を流れる二つの個性的な川には、それぞれなかなか個性的な橋が何本も架かっている。この御影大橋もその一つ。
まずアーチが片側にしかない。これは上流山側(画面左側)の遥かな眺望を楽しむため。
これは単弦ローゼ橋という形式で、石川県ではこの橋が最初。平成18年竣工だから県内ではまだこの一本だけかもしれない。
またこの写真ではよく分からないけど、クルマが通れるほど広い歩道もアーチに呼応して曲線を描いている(車道とはほぼ独立していて川の真ん中で外側に湾曲している)
ツルッとした歩道の外壁板は、橋の名前にもある御影石。そしていざという時、水の流れを妨げないように川中には橋桁がない、など・・・・美しさと配慮を兼ね備えた設計。
そんな橋の向こうに夕陽が落ちて行く(金澤では川の下流方面に日が落ちる)。
人も街並みも空も川も橋も・・・全てが柔らかく調和している秋の夕暮れ。
2010年10月17日午後5時4分撮影

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2011/08/28

宮守CANAL(いもり堀)


着々と復元整備の進む金沢城公園、ここは2010年に完成した‘いもり(宮守)堀’。明治40年に旧陸軍によって上部を削られ埋め立てられ・・・戦後は長い間テニスコートだった場所(見覚えのある方多いと思います)をもう一度、丁寧に掘り返し鯉喉櫓台(右端に見える)と共に復元した。
‘復元’と言ってもお堀の周りを芝で囲い、櫓の奥にはサイクリングロードや「石垣の博物館」とも言われる金沢城の石垣構造展示(石垣回廊)を設置する(なかなか人気がある)一方、門やお城自体は可能な限り史実に基づくなど・・・そこら辺の‘塩梅’はとても上手い。
「当時に思いを馳せるコトの出来る構造」と「現代の憩いの場」としての役割を巧みに両立させている。ここも当時は防御のためのお堀だったけど、都市部を流れる運河の様な、平和でユッタリした風景として蘇った。多彩に変化する金澤の空を映す新たな水面が旧市街の真ん中に出現した、とも言える。
2011年8月22日午後6時10分撮影

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2011/08/27

夢あかり ひがし茶屋街一番丁


ひがし茶屋街では年に何度か粋なイベントが「思い付いたように」開催される。
しばしば模様替えがあり、実施日時も内容もドンドン変わっていくコトも多い。
これは07年〜09年まで開催された「夏の夜 夢あかり」イベント。
(今この時期は「かなざわ燈涼会」という規模も大きく充実したイベントが開催されている)
通りに灯籠を並べ、メインの通りや周辺には加賀友禅を贅沢に使った光のオブジェを並べ、幻想的で華やいだ空間をそぞろ歩いてもらおうという趣向。
お母さんに連れられた多分・・・近所のお子さん、いつもとちょっと違う様子に(ここは展示のない一番丁だけど)楽しそう。
たまたま写真に収めた私にも心和む光景だけど、何と言ってもこの子の心に深く刻まれるであろう、でも何気ないある夏の夜の風景。
金澤はお祭りがない地域と言われるけど(百万石まつりは‘パレード’の括りでしょうね)祭りの重要な要素、‘ちょっとした非日常空間を出現させる’コトは・・・実は年中行われている。
2009年8月8日午後7時47分撮影

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観月巡遊 夏 護国神社


旧市街の中心、兼六園や金沢城の周辺は高低差のある複雑な地形に加え、道も曲線を描き、または折れ曲がり・・・元々住宅街ではないコトもあり夜はすっかり静寂に包まれる。
豊かな緑が吐き出す夜の濃い香りを楽しみながら、いつまでも歩き佇めるのは、昼間が暑い暑い夏の夜ならでは。
日々構成が変化してゆく虫たちの合唱にも感じ入りながら(秋の虫の音のボリュームが上がるに従って地面に転がる蝉達が増えていくのは、毎年のコトなれど・・・しみじみ)
所々で「月の画」を鑑賞しながら金澤が本来持っている「幻想的な魅力」を味わうには絶好の季節。
護国神社の銅葺きの第一鳥居の上にボンヤリ浮かぶ月を眺めながら佇む。背後で微かに辰巳用水が兼六園に流れ込む水音が聴こえる。
2008年8月18日午前0時33分撮影





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2011/08/11

入道雲 松もどき 梅ノ橋袂


梅ノ橋の袂にあるこの松は金沢市指定の「景観樹」。
(民間所有のモノから現段階で10本と1つの林を指定し、奨励金や管理費用の補助などで手厚く保護している)
この角度からだと分かりにくいけど説明(左下に見える木製の立て札)にある様に「このアカマツは梅ノ橋から見た東山の景色を最大限に引き出して」いるなかなかの役者。
(二本下流に架かる、同じく木製の欄干を持つ中の橋袂にも見事な松があってこちらは市の管理下にある)
夏の盛りの昼間、湧き出てくる入道雲の姿がフト、松の枝ぶりを真似ている様に見えた。
芸事の盛んなこの街、師匠の舞姿を一所懸命に真似るお弟子さん・・・そんな光景も浮かんでくる様な。金澤らしい夢想。
2011年07月13日 14時31分撮影



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根上松月図 早朝兼六園


金澤では月は様々な風景の中に配置して鑑賞するのが楽しい。
フラリふらり歩いて、刻々と変わる「手前の風景と月の配置」をそれとなく楽しみながら時々‘自分なり’の「月の風景画」に出会いしばし佇む。
これは大分明るくなってきた早朝の兼六園、西の空に浮かぶ月の名残りを眺めながら歩いている時に出会った「この日この瞬間、この地点のみで成立している月の画」。
普段は根の見事さのほうに目が行きがちな根上松だけど200年以上丹精込めて手入れされてきただけあって棚引く枝が作る細部の表情も素晴らしいコトに改めて気が付き、月との「ニヤリ」とする配置の妙に思わず足を止めてしまう。
枝の間からチョコッと顔を出しているだけなのに・・・
月が風景を作ってしまう力はスゴイ。
2011年05月20日 午前04時49分

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2011/08/07

曇天螺鈿 早朝兼六園


























多彩な早朝の兼六園の味わいの中でも私の一番のお気に入りは、
ここで何度も紹介している霞ヶ池、親不知(おやしらず)からの唐崎松方面の眺め。
昼間や夕方に何気なく訪れてもしばしば「ハッと」する美しい風景に出会えるけど
夜明け前から早朝までの時間は、まだまだ鯉達の動きも緩慢で、
波立ちの少ないツルンとした鏡の様な水面に刻々と変わる空の表情も映り込み
思わず見惚れる様な光景が目の前に展開するコトが多い。
夜明けを眺める場所としてこの場所はかなりのオススメポイントだけど
もしも曇っていたり、または雨天の場合でも・・・
どうか「夜明け鑑賞」を中止しないで頂きたい。
金澤独特の変化に富む空模様、この日は夜中の晴れからドンドン曇ってきて、
一瞬弱い朝焼けに染まるもまた曖昧な曇になり、雨が降り出し・・・
(水面に跡がポツポツ見えるでしょう?)
という一般的には
「早朝のひとときを外で過ごす様なコンディションでは全くない」にも関わらず、
兼六園、霞ヶ池は湖面全体が貝殻を裏返した様な優しく淡い光沢を放って・・・
この日この時だけの美しく味わいのある光景。
2008年07月21日 午前04時29分撮影


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2011/08/06

浅野川 日暮れ前の水涼み


浅い浅い浅野川、その優しい流れは浅野川大橋をくぐる辺りでグッと速度を落として深さも増し(二本下流、小橋下の可動堰が流れをかなりせき止めるため)主計町の下を通る頃は湖の様な水面を見せるコトも多い。
ここはその一つ手前、枯山水をモチーフに金澤らしい工夫の施されたスペースのある、浅さと水流が丁度いい梅ノ橋の下流。静かに一人読書する、自転車でちょっと遠方から訪れたっぽい、川面を眺め延々寄り添う二人、時間を決めるでもなく落ち合う犬を連れた人達、ガイドbook片手の旅行客、着物を粋に着こなす初老の男性、髪を小綺麗にアップにした近所のおばあさんが孫を連れて、夕暮れにもなればビール片手の外人達のグループも毎日の様に現れる。
子供達、小〜中学生のグループもカリキュラムの一環として先生引率の元、またこの様に何かのサークルで連れ立ってやってくる。
まだまだ日がかなり長い7月の始めの頃の6時過ぎ、10人くらいの中学生のグループがワイワイ言いながら水涼みをしている。自然が作った曲線と人が作った曲線が入り乱れて構成されている美しく調和のとれた風景の中に子供達が加わり出現した印象的な「夏の画」
その「画の中の子供達」には多分一生心の何処かに残る体験の最中でもある。
この瞬間には思いも寄らないだろうけど。
2011年7月8日午後6時14分撮影



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2011/08/05

湖上蒼鷺図 霞ヶ池 早朝兼六園


兼六園の早朝無料開放が4月から8月いっぱいは朝4時からというコトもあり、かなり暗い(というか真っ暗)なウチから入園するコトが出来る。
夜の間にすっかりリセットされ濃い緑の香りの漂うこの空間をじっくり堪能するコトが出来る。
当然まだ観光客の団体など皆無な時間。
5時頃まではすれ違う人も殆ど居ない・・・兼六園と自分だけの贅沢な散策。
これは太陽が地平線からすっかり顔を出し、卯辰山方面の稜線も超え、夜明け前から園内にいる散策者にとっては「すっかり明けた」印象のある「世界にしっかりとした色がつき始めた」頃の光景。
霞ヶ池の蓬莱島から突き出す岩に蒼鷺が留まり刻々と変化する「リアル掛け軸」が出現している。
普段からあまり逃げない鷺達、特にまだまだ人出の少ないこの時間はますます悠然と構えている。
鷺は金澤のアチラコチラの水辺に佇み、その狩りの習性上ひたすら静止して・・・多彩な美しい光景を出現させる。
2011年7月12日 午前5時7分撮影


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2011/06/11

燈ろう溜まり 加賀友禅燈ろう流し 四


常盤橋下流から放たれた燈籠は(メイン会場前、梅ノ橋下流からも若干放流される)
フワフワ漂いながら沢山の美しい光景をつくり多くの人を楽しませ、中の橋を過ぎて短い旅を終える。
(距離は1.3キロくらい、その間に4つも橋をくぐる)
この橋の一つ下流、小橋にある可動堰によって浅野川大橋を過ぎたあたりから流れの速度はグッと遅くなり、
この辺りは湖の様ですらある。(他の三枚と川面の様子がかなり違うでしょう?)
普段から短い間に様々な光景を見せる浅野川、この夜は燈ろうも加わって目まぐるしい位の変化を見せる。
(実際ここにアップした燈ろう流しの四つの光景は700メートル弱の間に収まっている)
燈ろうが水面を埋め尽くすこの光景(実は次々に引き上げられ手際よく回収されていく)は
フィナーレを飾るに充分な美しさ。(実際は事務的な光景なんだけど)
そして水面から燈ろうが全て消え去った後も、相変わらず浅野川は美しい夜景をみせる。
これは密かにすごいコトだと思う。
2011年06月03日20時50分撮影

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銀と金のさざ波 加賀友禅燈ろう流し 三


夕食をとりながらゆったり燈ろう流しを楽しもう・・・という人達で賑わう河畔の料亭の灯が川面を銀色に染める中、ゆらゆらと鈍い金色の燈籠が流れていく。
夜の水辺のイベントというコトで、当然警備にも多くの人が従事しているけど、穏やかで社会性がある人の割合が比較的高い街、(ゴールデンウィークに開催されるラ・フォル・ジュルネの時にもそれを感じる機会が多い)彼らの「橋の上では立ち止まらないで下さ〜ぃ」「横断歩道をお渡り下さ〜ぃ」などの声も優しく、言葉尻に向かってか細くなっていく。
それくらいの声かけで充分人々はマナーを守り、また他人同士気遣いながらこの夜を楽しんでいる。
とは言え・・・決して自主的に「過剰コンプライアンス」に従っているワケではなく、普段はまず入り込まない(立ち入りはあまり推奨されない)川辺ギリギリの場所にもいつの間にかそこそこ人が座っていたりする。そういうトコロも金澤らしい。
灯りも川面も人々も・・・美しい光景の一部となり溶けこむ夜。
2011年06月03日20時16分撮影

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‘浅い川’ 加賀友禅燈ろう流し 二


この写真からも一目瞭然だけど・・浅野川はホントに浅い。特に旧市街は浅い箇所が多い。(浅野川大橋から小橋だけは可動堰によって逆に「湖」の様になっているコトが多い。主計町を映す水面がしばしば鏡の様なのはこのため)
その川底は上流から運ばれてくる土砂によって、絶えず変化しモチロン水流も微妙に変わり続ける。そんな中で燈ろうをスムースに流すためににも、川面に立つ多くのスタッフが絶えず微調整をする。
普段も綺麗にライトアップされる梅ノ橋、今日は川面に浮かぶ燈籠も加わり、いっそう華やかな美しい光景。
右側の橋脚左脇から下流に向けて細長く微かにみえる「黒い筋」はこの日の朝、突貫工事で造成した「メイン会場前の流れを整えるための」ささやかな中洲。
一見、ふわりふわりと自由気ままに流れて美しい光景を展開している様に見える燈籠達の動きは、細やかな配慮によって「いい塩梅に」コントロールされている。
金澤人らしい繊細な気配りが、実はこのイベントの美を支えている。 
2011年06月03日 19時47分撮影



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灯りの河 加賀友禅燈ろう流し 一



























今年で37回目を迎える加賀友禅燈ろう流しは、百万石まつりの前夜祭的なイベントとしてすっかり定着している。
百万石まつりが昼のイベントなのに対して、こちらは夜、
そして二つの茶屋街を抱える浅野川が舞台というコトもあり、弥が上にも幻想的で艶っぽいイメージを醸しだす。
メイン会場は梅ノ橋と浅野川大橋の間。
これはもう二本上流、常盤橋の下手から少しずつ放たれる燈籠が、ゆっくりゆっくり流れて広がって、
灯りの河を作っている様子。
今年は前々日までそこそこ雨が降り、例年よりも流れが早かったけど(終点の中の橋下に燈籠が溜まるのも随分早かった)
それでもここ、天神橋から眺める遠く上流の燈籠は「ただ浮いている」くらいに見える。
特に流し始めの頃は、手前に何も浮いていないのに加えて「早くこちらに流れてきて欲しい」気持ちも加わり、
遠くの川面にユラユラ浮かぶ灯りがなかなか・・なかなか近づいてこない。
夕暮れの蒼い帳とも相俟ってちょっぴり「現実と幻想の間に浮かぶ燈火」を見ている様な。
ちょっとの間そんな錯覚に浸る?のも楽しい。
人々が「目の前の光景の美しさ」を穏やかに語り合う中、ふわりふわりと燈ろうが流れていく。
2011年06月03日 19時31分撮影

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2011/05/17

新緑回廊 白鳥路


桜満開の僅か後から
兼六園下と大手堀を結ぶ白鳥路※の木々が眩い新緑で天蓋を覆い始める。

桜や、見上げるような位置に沢山の花をつける椿達に負けじと新緑がドンドン芽吹いて、日々刻々と空の色を、風景を変えていく。

春の絵の具が木々の枝から滲み出し緩やかに配色を変えていく絵画の様。

五月も終わりを迎える頃にはすっかり深い緑に覆われた森の小径となる。
夏には脇を流れる清流の上をホタルが飛び交う。(ホタル鑑賞イベントも開催され、その期間は街灯が消され仄かな明りの行燈が並ぶ)

金澤には「観光ポイントを巡る」だけである程度伝わる魅力もモチロンあるけど、通い慣れた路で目にする「日々のささやかな変化」の中でこそ体得出来る魅力がとても多い。(しばしばダイナミックな変化もあるけど)
旧市街の中心部に位置し、通勤通学でも多くの人々が利用するこの小径が見せる四季折々の豊かな表情の変化も「普段の金澤に溢れる魅力」のひとつ。
※元々白鳥堀という優雅な名前のお堀だったモノを昭和の初めに埋め立て路に整備した。
文字通り「放し飼いの白鳥が浮かぶ」お堀だったんだけど実は防衛センサー(お堀に侵入する者があれば・・当然騒ぐため)の役割を担っていた、というのが面白い。
2011年4月17日午前7時14分撮影

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2011/05/15

老松桜舞台


満開の桜たちを従えてライトアップに浮かび上がる、兼六園根上松※(ねあがりまつ)
13代藩主・前田斉泰(なりやす)がわざわざ造らせた松。土を盛り上げて若松を植え、成長後に土を除いて根を露にした。
いつもはドッシリ構えるこの老大松も今宵は若い桜芸妓衆に囲まれ、ウキウキと両手を広げ・・・踊り出しそう、
あるいは口上を述べる座長(この場合は春の顔見世公演かな?)の様にも見える。

全国各地の桜の名所では「辺り一体を埋め尽くす大量の桜」や「見事な枝ぶりの大桜」
などを特徴にしている場所が多いけど、金澤の桜は「風景の一部として」「桜によって魅力がさらに引き立つ風景全体として」味わうのが醍醐味。
「旧市街全体を大きなお庭に見立て」(実際加賀藩では城からの桜霞を楽しむために桜を配置した経緯もある)
複雑な地形に新緑と連なり混ざり合いながら咲く桜の風景を、ゆったり歩き回り、佇み楽しむのが金澤桜味わい流儀。
路地を巡り、坂を昇り降りし、川沿いを散策し、寺院群を彷徨い・・・・刻々と連続して変化する金澤の春景の魅力は趣深く、奥深い。
2011年04月17日 19時02分撮影

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2011/04/04

散桜落椿 観音坂


観音坂は一年中「昇り降りの中での風景や空気の変化」が豊かな坂だけど
一歩一歩踏みしめて登る石段も、時として様々な彩りを纏い、楽しませてくれる。
この年(2010年)の春は例年になく雨嵐が吹き荒れた年で、
いつもはなかなか枝から離れない桜の花びらもハラハラ散って、椿もドンドン落ちて・・・
でもそのお陰で、石段がこんなに艶やかに賑やかに彩られた。
雨は釉薬の様に街に木々に艶を与え、また蒔絵の漆の様に花びらを地面に定着させる。
たっぷり水を吸って色が濃くなって沈む花びら、まだ落ちて間もない明るい花びら
そのグラデーションの中に椿がポツポツと。
苔むした緑色のベースに、桜を散らし、椿を盛った今日限りの工芸品を見ているかの様。
明日はまた少し違った姿になって・・・それはそれで趣ある光景となって楽しませてくれる。
金澤人が「当たり前のコト」としてほとんど無意識に心に吸収してしまう日常の美景。
金澤を歩き佇む楽しみ。
2010年4月13日 11時19分撮影

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2011/03/22

鏡花の街の揺蕩う水面 主計町

浅野川の流れは女性っぽく浅く優しい、と漠然と捉えている方が多いと思うけど
実は場所によって細かく流れ方、そして波音が違う。
要因は傾斜や幅や底の形状(石の大きさ、形)・・そして小橋下の可動堰の高さ。それに加え同じ場所でも日々水量によって天候によって波立ち方、色も変わる。犀川に比べ川幅も狭く水量も少ないのでそういう細かい変化がよく分かる。控え目だけどちょっぴりドラマチックに変容しつつ浅野川の水は流れている。

徐々に速度を落としながら梅ノ橋をくぐった流れは、浅野川大橋直前で急激に遅くなり、水深も深くなり(水遊びをする子供達のために注意を促す看板も立っている)主計町を映すあたりは、たっぷり水をたたえた湖の様にも見える。(波音もやむ)
しばらくウォーターフロントの様なたゆたう水面を見せた川は(可動堰の塩梅でサラサラ流れている時もあるけど)小橋下で垂直落下する水音を伴いながらまた元の流れに戻る。
穏やかな水面には夕暮れになると主計町の家並みがユラユラ映り「川沿いの茶屋街」の情緒にさらなる深みを加える。
鏡花の生まれ暮らした界隈はこのすぐ裏あたり。
時は流れてあちこちに煌々と灯りがともる現代でも、夕暮れ時から深まるこの界隈の妖美さは今も昔も変わらずそのまま。
2010年4月17日午後6時44分撮影

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2011/03/20

夜桜艶姿 宇多須神社


宇多須神社はひがし茶屋街の奥に位置するだけあって、2月3日の節分祭では東の芸妓衆が踊りを奉納し福豆をまき、
拝殿には東郭の文字が入った大きな灯りが下がっていたりと、何かと艶やかな印象の神社。
結婚式もよく行われ、こちらで式を上げた後、ひがしの二番丁(メインストリート)を歩く新郎新婦の姿は
茶屋街のちょっとした風物にもなっている。
そんな宇多須神社の境内に咲く満開の桜が暖かい無風の夜に濃い匂いを振り撒いて、
背後に位置する卯辰山から静かに降りてくる木々の香りと混じりあい、
なんとも言えない甘い春の夜の空気が充満する。
お参りを済ませ、そんな空気を胸いっぱいに吸い込みながら夜桜と対峙していると
無意識の底からふつふつと幸せな心持ちになってくる。桜の、そして春の夜の魔法。
2010年4月9日午後11時51分撮影

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蓮昌寺 桜舞台


ひがし茶屋街から横道へ逸れて卯辰山山麓寺院群の“迷宮”に足を踏み入れると、ほどなく山門へ続く石段が現れる蓮昌寺。少し離れたお隣りの西養寺ほどの段数はないけど、登るコトによって生まれる街並みとの距離感は絶妙。
泉鏡花の絶筆「縷紅新草」にも「燈籠寺」として登場するこのお寺、山門前にそびえる榎もなかなかの“役者”だけど、なんといってもこの「大桜」は圧倒的な存在感を放つ看板役者。
さしずめ繊細で妖艶な表現力で名を馳せる大物女形、といったトコロか・・・
写真ではよく分からないけど、枝が随分下まで垂れて横にも広がり、境内狭しと咲き誇る。
お寺の塀に囲まれているコトもあり、下(街)からは「そこまでの枝ぶり」であるコトは分からない。山門をくぐって初めて・・・その見事な広がりに驚かされる。
これは珍しく春の嵐が数日に渡って吹き荒れ・・・そこそこ散ってしまった後のある日、だけど、それはそれで・・・・花びらに埋め尽くされた地表が桜を映す湖面の様にもみえ・・・思わず見惚れる桜風姿。2010年4月14日午前11時18分撮影

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